はじめまして。
ブログを見てくれている方、
ありがとうございます。
元々、ブログをしていたのがすべて消えてしまい、1からのスタートです!
self love を中心に更新していきます。
と言っても、
- 愛について
- 神社のこと
- 環境問題について
わたしがそれぞれ学んだことをアウトプットする場にします。
まず、わたし(まあちゃん)って?を少しだけ
(少しだけではなく、めちゃくちゃ長いです。笑読める人だけ読んでください。笑)
I am.
わたしは、1995年1月1日の元旦に生まれましたーーー!
めちゃくちゃめでたいですよね?
お母さんも、素晴らしい日に産んでくれました!!笑
だけどもだっけっど、、、、♪笑
(元旦生まれの方見て居たら、めちゃくちゃ共感する話だと思いますが)
お正月みなさん、〝お年玉〟もらいますよね?
元旦生まれは、、、お察しが速い方はもう分かったと思います
〝お年玉〟と〝誕生日〟のお金、一緒になりますーーー!!!!!
ただ、小さい時は、分けてもらっていたのが、大きくなるにつれ、一緒になりました。
社会人になると、頂けることがありがたい。と、感じる様にはなりまうけどね?!
本当に、素晴らしい日に産んでくれて、
48時間以上の陣痛を乗り越えて、ありがとうございます。
と、前置きが長くなりました。すみません。
わたしは、普通と言われる一般的に不自由なく育ってきた家庭だと思っていました。
ただ、お父さんがいなく、母子家庭で育ちましたが、
今や、母子家庭は2015年時点で、2人に1人と言われるぐらいで、
まっっっっったく、違和感もなかったです。(過去形ですが、現在進行形)
幼少期の保育園での様子は、
先生の後ろに隠れて、恥ずかしがり屋さんで、ほぼ無口の子どもでした。
(大阪人やから、ようしゃべる思ってた。って偏見です。めちゃくちゃ人見知り。
あ、大阪生まれの大阪育ちです。笑)
小学校では、保育園で仲良かった子たちと一緒にいたのですが、
小学校2年生ぐらいに、はみられ、いじめられ、
親同士だけで和解して、子ども同士は離れていったり、
初めて〝はみご〟というのを、体験しました。
※はみられ / はみご・・・仲間はずれ
それからは、親の中学校の同級生の子どもが同じクラスで仲良くなり、
まぁ、やんちゃな子で、その子にイヤなことでもNOと言えない子に育っていました。
中学校では、やんちゃちゃん笑と同じ中学校で、ずっと一緒。登校も下校も、、、
ましてや、習い事までも、、、(NOって言えんから、そりゃすべて同じやわな。笑)
やんちゃちゃんは、少林寺してたけど、それだけ唯一していません。笑
中学校ではバスケットボール部に入り、実家の隣の家のわたしの1つ上の人が
バスケ部だからという理由で、他の選択しなしで加入しました。
黒帯ちゃん(名前変わってる笑)も同じ少林寺に通っている先輩がバスケ部やからっていうので加入。
まぁ、バスケ部ってすーーーーーーごいぐらい、いじめありますよね?笑
わたしの中学校では、女子の中で一番問題児として毎回目を付けられていました。
今やから笑えるけど、当時はみんなにひっついて行くのに必死。
何か、反論したら、いじめ確定ーーーーーーー!!!!って感じ。
隣の家の人が1つ上だからっていうのもあり、結構黒帯ちゃんと、可愛がられていた。
それを知っている同期が、帰宅途中に、まぁボロカスに先輩の悪口言いまくる。
聞いているわたしは何も言えずに、笑ってごまかす。同意したりもしていました。
ある時のバスケ部の他中との試合では、ボールが回って来ないこともあったり、なかったり。
それでも、終わった後は、皆の顔を伺っては、一緒に笑ったり、先輩の悪口を聞いたり、言ったりしてました。(さいてーーーーーーーーー笑)
家庭では、小学校の時には、泣いていたのを見て、相談乗ってくれていたのに、
中学校は、
反抗期ではないと思うけど、普通に何も言わず、家庭内での口数は減り、ほぼ無口で、
気に食わないことがあると、イライラしては祖母に八つ当たりしたりしていました。
進路とか、大事な時は話してましたが、、、
(祖父母と母親と住んでおり、祖父は小学校1年生の時に亡くなっている)
8月に3年の部活を引退してから、行きたい高校にどうしてもダンスをしに行きたい!と思って、
わたしは偏差値とてつもなく低いのに、学校の担任と、親がすごく協力的で、
色んな塾に通わしたり、担任も色んな先生に資料もらって勉強したが、叶わず、、、、、
で、高校は、全く知らない1からのスタートで、友達0からのスタートでした。
けど、クラスが本当に良くて、
- 自分の意思持ってる子とか、、
- まさかのダンス歴10年以上で、TRFのSAM さんとか、東方神起のバックダンサーしてる子と友達なれたり、
- 地元同じの子で、わたしの名前知られてて、仲良くなった子だったり、
色んなたくさんの友達が出来て、
高校生活が一番楽しかったです。
自分の気持ちを伝えることで、
反論というよりも、
「こうした方が良いんちゃう?」って
アドバイスしてくれたり、本当に良い友達に巡り合えたと思ってました。
短期大学は、クラスが決まると2年間ずっと同じメンバーのまま。
大阪の南の方で、一言で言うと、ガラが悪い人が多い。
まさに、ほぼヤンキーしかいない学校でした。
そこでのわたしは、浮き浮き浮きまくり。笑
なんか、クラス自体がほぼわたし以外みんな仲良い感じがして、後ろの子(落ち着いている子)に話かけてみました。
まぁ、話がおっとりしていて、
「う、う、う、うううん。」って感じになっていたのを
今でも覚えています。笑
とりあえず、誰か友達になっておかないと!と思っていたわたしは、
前の子に話かける でした。笑
それから、前の出席番号の子と仲良くなってから、
周りの子とも、仲良くなっていきました。
そこで感じたのが、どの子とも、仲良くは出来るけど、
- 心の気持ちを内から出せることは出来ない。
- 居心地が悪い。
- グループがクラス内でもあり、そこをグルグル回るかのように、自分に合う〝友達〟を探し、2年間本当に空気が悪い感じでした。
今学生生活を振り返ると、
みなさんも読んでいて分かるように、
〝友達〟という存在が自分の心のよりどころ
だったんだなぁ、と感じます。
じゃ、なぜ家族に話さないかって、
話を聞いてくれなさそう、反論されそう、聞く耳持たなさそう
という、ただ単に自分の偏見です。
進路を決める時、高校の時は自分で決めたものの、大学、進路は、
『周りの○○が言ってたから』と必ず、
人の名前が出てきて、
自分の意見を言ったら、絶対倍に返ってくるし、認めてくれないだろう。
という自分の勝手な判断。
そんなわたしが、社会人になった時の話は次で話します。
長かった~~~~~~~笑
読んで頂いて、ありがとうございました。
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